

「自分のことは自分でしましょう。」
そらのまちほいくえんで過ごしているとよく聞くこの台詞。
お着替えも、帰りの準備も、みんな自分のこと。
だから小さいひとたちはできる精一杯で頑張ります。
頑張ってみた結果どうしてもうまくできないときは
「せんせい、○○してください。」
と自分でお願いをします。
先生たちはその台詞が来るまでしっかり待ちます。
例えばおやつの牛乳をこぼしてしまったとき。
自分でティッシュを取って床を拭きます。
例えばおむつを交換したとき。
自分でごみ箱へ捨てに行きます。
もしかしたらあたりまえのことなのかもしれません。
でも私は初めてその姿を見たときはかなり衝撃でした。
「こども」と「おとな」ってなにも変わらないんだな、と。
なにもかもしてあげることは、優しさかもしれません。
しかし同時に彼らの自主性や積極性の芽を摘んでしまうことだってある。
帰りの準備の時間。
タオルを畳むのに苦戦しているひとがいました。
周りのひとは終わっているから急ぎたいはずなのに、
先生たちは代わりに畳んであげようとはしません。
「こうやって、こうやって。これが畳むってことだよ。」
とやり方を教えます。
するとちゃんと自分で出来るんです。綺麗に畳めるんです。
小さな出来事のように思えるけれど、
この小さな積み重ねが生きる力を育みます。
(△タオルを綺麗に畳み、お母さん座りで先生のお話を聞く様子。)
けして厳しいわけではないのです。
それは先生たちの表情を見ればわかります。
自分で出来るようになったとき、先生は抱きしめてくれます。
このご褒美が小さいひとたちはとっても嬉しいのです。
自分でできることが増えるのは大きな喜び。
そんなことを小さいひとたちに教えてもらいました。
編集こぼれ話

給食の配膳を自分でしたら、
なんだかもっと美味しく感じます。
ちょっと時間はかかるけど、
味が良ければ全て良し。
なんだかもっと美味しく感じます。
ちょっと時間はかかるけど、
味が良ければ全て良し。